開発者インタビュー:Yさん 
3歳未満の乳幼児が飲みやすい剤形

対談テーマ

~3歳未満の乳幼児が
飲みやすい剤形~

放射性線ヨウ素による甲状腺の内部被ばくの低減に働きかける「安定ヨウ素製剤」は、もともと丸剤としてありました。この製剤を、幼い子どもが飲みやすいゼリー剤として開発。担当者として、当時、製剤技術部に所属していたYさんに、その経緯や特徴を伺います。

乳幼児向けゼリー状安定ヨウ素剤の使い方について

ナナコ

開発企画部のYさんに
「3歳未満の乳幼児が飲みやすい剤形」の開発について聞いてみました。

インタビュアー

社長室 部長 Sさん

開発者

開発企画本部 Yさん
2009年6月
キャリア入社

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丸剤のままではなく、ゼリー剤として新たに開発したのは
どうしてなのか、その経緯に注目してみましょう。

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はじめに、丸剤がありながらこの製剤を開発することになった経緯を教えてください。

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2013年4月に、当時、当社が製造販売していた「ヨウ化カリウム丸50mg」に「放射性ヨウ素による甲状腺の内部被爆の予防・低減」の効能・効果が追加承認されました。しかし、その用法・用量が年齢によって投与量を調節するもので、3歳未満の乳幼児や新生児には服薬しにくいものだったのです。そこで、当社が独自技術として持っていた「ゼリー剤」での開発を進めることによって、服薬しにくい点を解消できるのではないかと考えました。

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なるほど。3歳児未満の小児が服用するための開発だったのですね。

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はい。2002年4月に当時の原子力安全委員会が取りまとめた「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について」というガイドラインがあり、そこで求められている「新生児」「生後1ケ月以上3歳未満」のためのゼリー剤を開発することになりました。

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それが「エアープッシュゼリー」という形態のゼリー剤ですね。そのゼリー剤について、詳しい特徴を教えてください。

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これはスティックタイプのゼリー剤です。スティックの中にゼリーと空気が封入されていて、空気部分を指で押すとゼリー剤が押し出されるという包装形態です。小さな力でつるんと押し出せるのが特徴ですね。この剤形だと薬剤が包装材料に残りにくいので、決められた量をきちんと服薬することができるメリットがあります。ただしヨウ化カリウムゼリーはかなり柔らかい設計なので、残存する場合がありますが…。

また、基本的には3歳未満の乳幼児向けですが、錠剤やカプセル剤を飲み下すのが苦手な人にとっても、服薬しやすい剤形であると思います。

ゼリー部分を上に持つ。
切り口から、開封する。
空気部分を押す。
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確かにゼリー剤だと、小さな子どもにとっては抵抗感もあまりなさそうです。ところで、丸剤とゼリー剤とでは、飲みやすさ以外にも違いがあるのでしょうか。

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そうですね。丸剤は1丸中にヨウ化カリウム50mgを含んでおり、新生児や3歳未満の乳幼児には量が多すぎるため、服薬させるためには、適切な量を取り分けなければいけません。しかし、丸剤は非常に硬く、潰して水に溶かすのは容易ではないのです。当時の安定ヨウ素製剤に関するガイドラインによれば、粉末状のヨウ化カリウムを水に溶かし、適切な量を取り分けて服薬する方法が推奨されていますが、この方法も、有事の際の混乱した状態では作業が煩雑であり、服薬量も不正確になるおそれがあると言われていました。そこで、規定量が封入された1包飲み切りのゼリー剤が有効であると考えました。

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開発までには、いろいろな試行錯誤と苦労が…。
もともとあった技術でも、スムーズにいかない点があったようです。

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開発には時間や労力がかかったことでしょう。設計から販売までに苦労したのはどんな点ですか?

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どんな剤形でも言えることですが、とにかく配合添加物と有効成分の相性が大切です。ゼリー剤について言えば、溶液状態で有効成分が安定している、日医工の基本的な処方成分との相性がいい、時間経過とともに相互作用を起こさない、などの条件が挙げられます。まず机上で分かったのですが、ヨウ化カリウムが当社のゼリー剤の基本的処方と相性が良くない点が心配でした。案の定、検討当初はまったく製剤化できず…。処方の他に、製造手順などの工夫でなんとか製剤化に成功し、安定性試験を開始することができました。

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開発中にもいろいろ課題があったと聞きましたが、例えばどんな課題と向き合ったのでしょう。

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生物学的同等性試験の内容に関する相談を当局側とおこなう中で、誤飲窒息の危険性についての課題が浮き上がりました。この製剤の服薬対象は、新生児と、生後1ケ月~3歳未満の乳幼児で嚥下機能が未発達と言えます。すでに安定性試験を実施していたゼリー剤は、当社の既存製剤よりも柔らかくしてあったものの、誤飲窒息のおそれを否定できませんでした。「ゼリー剤なら大丈夫」と安易に考えていた部分があると反省し、ここから処方の修正をおこないました。

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きちんと飲み下せるかどうかに疑問が残ったのですね。その課題は、どのように修正していったのですか?

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まずは新生児が服薬できる硬さを探索することから始めました。ドラッグストアで離乳食を何種類も買い集めてその物性を測定してみたり、機器を使うだけでなく独自の試験方法を検討したり…。その中で、一番柔らかい離乳食よりも柔らかいゼリー剤の処方を確立し、あらためて安定性試験をスタートさせました。改良したゼリー剤には、歯ごたえがほとんどありません。口の中ですぐ崩れるほど柔らかくすることで、課題を解決することができました。

なお服薬対象者の年齢を考慮して、「お湯に溶けるか?」「ミルクと一緒に飲ませても有効成分に異常がないか?」など、ふだんの製剤設計ではおこなったことのない検証も実施しています。

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そうしたいろいろな苦労を乗り越えての完成に、達成感もひとしおだったのでは?

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じつは、実際の製造への移行でも苦戦しました。既存のゼリー剤とは薬液の状態がかなり違っていたため、製造スタッフにもいろいろと迷惑をかけましたね。そういう中で最適な製造条件を確立していったんです。

ですから確かにやりがいという意味では、承認を得て実際に世の中に出た時に「やり遂げた」という実感はありました。ただし、これは有事の際に使われる薬。言い換えれば、絶対に使ってはいけない薬だと思います。本剤を使用する事態が起こらないことを、心から祈っています。

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工夫や苦労の連続で製品を生み出す開発設計者。
どのような心構えが日々を支えているのでしょうか。

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開発への原動力が、どういうところにあるのか教えてください。
例えば、特許取得のような形に残る評価も励みになるのでは?
このゼリー剤は特許を取得していましたよね。

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はい。2014年の春頃から検討を進め、2015年初頭に特許を出願しました。拒絶査定を受けましたが、服薬性に優れている点に注目した形で補正をおこない、その後、特許を取得しています。

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ちなみに、特許出願時と取得時に、会社から報奨金が出たと思いますが…。

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はい。みんなで食事をしに行きました(笑)。

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ささやかながら、モチベーションアップの一助になりますね。他に、Yさんが考える開発に取り組む姿勢や、設計者としての心構えがあれば教えてください。

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「絶対にムリ」と諦めないことでしょうか。今回のテーマも、机上では「絶対にゼリーにならない」と考えられる組み合わせでした。でも「何とかしてゼリーにならないか」と根気強く探った結果、成果物としてゼリー剤を上市することができたのだと考えています。もちろん、開発は周囲の方々の協力無くしては成しえません。ですから、日ごろから周囲への感謝の気持ちを忘れないことも大切です。

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「使われない」ことを望みつつ、開発に心血を注いだ姿勢に頭が下がります。
Yさん、ありがとうございました。