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乳癌の術後内分泌療法の実際と治療完遂のための工夫

監修:原 文堅 先生(公益財団法人がん研究会有明病院 乳腺内科 副部長)

診療現場最前線 乳癌の術後内分泌療法の実際と治療完遂のための工夫

掲載日:2023年4月20日


原 文堅 先生
公益財団法人がん研究会有明病院
乳腺内科 副部長

乳癌の薬物療法では、内分泌療法を中心として経口剤が多く使われます。経口剤は院外処方されることもあることから、保険薬局薬剤師が関わることも多く、また、治療は長期にわたるため、患者さんのフォローアップが重要になります。そこで、乳癌患者さんの多くが受けている術後内分泌療法について、医師の立場から、治療の実際と治療を完遂するための工夫をお伺いしました。

目次

各製剤の詳細は電子添文をご参照ください。

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はじめに

乳癌患者さんのうち、70~80%がホルモン受容体陽性であり1)、そのうち多くの方が、術後内分泌療法を受けています。術後内分泌療法の治療期間は最大で10年と長期にわたります。また、治療目的は再発予防であることから、術後内分泌療法の治療完遂は非常に重要です。しかし、予定していた治療期間を最後まで服薬継続することができる患者さんは、私の診療経験では約80%です。一般的に、内分泌療法は化学療法に比べて重篤な副作用は少ないとされていますが、それでも副作用のために服薬が継続できなくなることがあります。さらに、治療効果が目に見えないことから、治療期間が長期になるにつれ、患者さんの治療に対するモチベーションの維持が難しくなり、治療を中断される場合もあります。そういった状況の中で少しでも治療を完遂できる患者さんが増えるよう、薬剤師の皆さんの参考となる情報をお届けしたいと思います。

1)日本乳癌学会 編「患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版 第7版」 金原出版株式会社

術後内分泌療法

術後内分泌療法薬の使い分け

閉経前の術後内分泌療法では基本的にタモキシフェンを処方しています。再発リスクが高い場合にはタモキシフェンとLH-RHアゴニストの併用、あるいはLH-RHアゴニストとアロマターゼ阻害薬(保険適用外)を処方することがあります。アロマターゼ阻害薬には、非ステロイド系のアナストロゾール、レトロゾールとステロイド系のエキセメスタンがあります。当院では、閉経前にLH-RHアゴニストとアロマターゼ阻害薬を併用する場合は、 SOFT/TEXT試験2)の結果に基づいて、エキセメスタンを処方しています。

閉経後の術後内分泌療法では基本的にアロマターゼ阻害薬を処方しています。アロマターゼ阻害薬のうち、アナストロゾールとレトロゾールでは特に使い分けはしてません。エキセメスタンはアナストロゾールやレトロゾールで関節痛などの副作用が出た場合に使っています。ただし、いずれも効果は一緒だと考えています3)
閉経後にタモキシフェンを処方するケースはほとんどありませんが、高齢であり、服用開始時に骨粗鬆症がすでにある患者さんに処方することがあります。また、関節痛のために非ステロイド系アロマターゼ阻害薬からエキセメスタンに変更しても関節痛が軽減されない場合に、タモキシフェンに変更することもあります。

*エキセメスタンの効能・効果は「閉経後乳癌」
(エキセメスタン錠25mg「テバ」 添付文書 2022年12月改訂第7版)

2)Francis PA, et al.: N Engl J Med. 2018; 379(2): 122-37.
3)Goss PE, et al.: J Clin Oncol. 2013; 31(11): 1398-1404.

術後内分泌療法の投与期間

閉経前の術後内分泌療法におけるタモキシフェンの投与期間は、5年が基本ですが、リンパ節転移陽性の患者さんにはさらに5年間の追加投与を行います。5年服用時点で、 副作用が強く現れており、患者さんが服薬継続を望まない場合には、追加投与を行わないこともあります。

閉経が近い年齢の患者さんには、タモキシフェンから途中でアロマターゼ阻害薬に変更する場合があります。例えば、49歳でタモキシフェンを開始し、52~53歳のところでホルモンレベルを測って閉経状態となっていればアロマターゼ阻害薬に変更して、合わせて5年間の投与を行います。リンパ節転移陽性の患者さんでは、さらにアロマターゼ阻害薬の5年間追加投与を行います。

閉経後の術後内分泌療法におけるアロマターゼ阻害薬の投与期間も、5年が基本ですが、リンパ節転移陽性の患者さんにはさらに追加投与を行います。現時点では、追加投与期間について2~5年のいずれが最適であるかの検証はされていないため、当院では国内で実施されたAERAS試験4)の結果から5年間の追加投与を行います。追加投与する患者さんには、服用開始時に「現時点では10年間の服用が必要になると考えています。 5年服用時点で、はっきりしたエビデンスがおそらく出てくると思いますので、その時点では何年追加になるかきちんとお伝えします。」と説明しています。

4)Ohtani S,et al.: Cancer Res. 2019; 79(4_Supplement): GS3-04.

術後内分泌療法+α の治療

術後内分泌療法は、アロマターゼ阻害薬の登場によって、より効果的な治療を選択できるようになり、閉経前の患者さんにはタモキシフェン、閉経後の患者さんにはアロマターゼ阻害薬による治療が行われるようになりました。また、再発リスクが高い場合には、晩期再発を起こすことがあるため、治療期間を延長することによって再発リスクを下げてきました。これらの治療を行っても効果が不十分な患者さんに対して、近年、内分泌療法+αの治療を行うことができるようになりました。
その1つがCDK4/6阻害薬です。 転移・再発乳癌では、内分泌療法にCDK4/6阻害薬を併用する上乗せ効果が臨床試験5)6)7)8)で示されていました。そして、術後においても内分泌療法にCDK4/6阻害薬であるアベマシクリブを2年間併用する上乗せ効果が臨床試験(monarchE試験9))で示され、これが現時点での世界の標準治療となっています10)11)12)
一方、もう1つの薬剤であるS-1は、内分泌療法に1年間併用する国内での臨床試験(POTENT試験13))が行われ、国内の標準治療となりました12)。S-1は、化学療法剤です。これまで、ホルモン剤と化学療法剤の同時併用は行われてきませんでしたが、経口化学療法剤とホルモン剤の同時併用による上乗せ効果があることがいくつかの臨床試験で示唆され14)15)、今回、POTENT試験で示されました。
二つの臨床試験を比較すると、 monarchE試験の方が相対的に再発リスクが高い症例を対象にしており、POTENT試験では再発が高い症例も対象としていますが、その割合は低く、中等度リスク症例も対象としています。そのため、当院では患者さんの再発リスクに応じて、アベマシクリブとS-1を使い分けています。monarchE試験は、組み入れ対象を再発リスクが高い症例に絞り込んでいますので、得られた結果はより信頼度が高いと考えられます。したがって、両方の薬剤の適格基準に当てはまる患者さんの場合は、アベマシクリブを選択します。
また、内分泌療法にS-1やアベマシクリブを併用する患者さんは、リンパ節転移陽性で再発リスクが高いわけですから、当院での内分泌療法薬の投与期間は10年間としています。

5)Finn RS, et al.: N Engl J Med. 2016; 375(20): 1925-1936
6)Cristofanilli M, et al.: Lancet Oncol. 2016; 17(4): 425-439
7)Sledge GW Jr, et al.: J Clin Oncol. 2017; 35(25): 2875-2884
8)Goetz MP, et al.: J Clin Oncol. 2017; 35(32): 3638-3646
9)Johnston SRD, et al.: J Clin Oncol. 2020; 38(34): 3987-3998.
10)Sharon H. Giordano, et al.: J Clin Oncol. 2022; 40(3):307-309.
11)NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology(Breast Cancer)Version 2.2023
12)日本乳癌学会 編「乳癌診療ガイドライン ①治療編 2022年版」 金原出版株式会社、2022
13)Toi M, et al.: Lancet Oncol. 2021; 22(1): 74-84.
14)Noguchi S, et al.: 」 Clin Oncol, 2005 Apr 1; 23(10): 2172-84.
15)厚生労働省 第22回高度医療評価会議 資料2-2

副作用と治療完遂のための対策

術後内分泌療法薬

内分泌療法による副作用は、化学療法に比べて重篤な副作用が少ないとされていますが、治療が長期にわたりますので、副作用に対するフォローアップはとても重要です。

タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬によるホットフラッシュへの対策としては、残念ながら確立されたものはありませんが、多くの場合治療開始後数ヶ月で症状は徐々に軽減します。漢方薬や大豆イソフラボンで対処することもありますが、きちんとした有用性が確立していません。また、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、タモキシフェンと相互作用があり、保険適用もないため当院では処方することはあまりありません。
内分泌療法を開始してホットフラッシュを訴えられる患者さんには、「今は一番つらい時期ですが、多くの方は3~4ヶ月程度で徐々に症状は改善することがあるので、もう少し様子をみてみましょう。」というような服薬指導が良いと思います。また、症状が長引く患者さんには、医師に相談するようお伝えください。

アロマターゼ阻害薬では、関節の痛みやこわばりが起こることがあります。例えば、朝の関節のこわばりには、「お布団から起き上がる前に関節のストレッチ運動などをして痛みを和らげてから動き始めましょう。また、関節の痛みが強い場合には、事前に処方されている痛み止めを服用してください。」と説明しています。
アロマターゼ阻害薬の副作用には、骨密度の低下もあります。骨密度を半年から1年に1度必ず測定して、骨密度が減少傾向にあれば、「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」に従って、カルシウム薬や活性型ビタミンD製剤、あるいは骨密度が大きく低下した場合には経口ビスホスホネート薬を処方します。

タモキシフェンの服用によって、子宮内膜癌の発症リスクが増加することが報告されています。子宮内膜癌を心配される患者さんには、閉経前であれば発症リスクが増加することはないことを説明して、患者さんの誤解を解いてあげる必要があります。また、定期的な検診目的での婦人科受診は必ずしも必要はありませんので、不正出血などの症状があった場合には、婦人科を紹介することをお伝えしています。このことは、「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版 第7版16)」に記載されています。

医師が十分に説明できていない場合もあるので、タモキシフェンよる子宮内膜癌を心配される患者さんには、薬剤師からガイドラインに記載されている内容を伝えてください。その際には、言葉だけで説明するのではなく、ガイドラインを示しながら説明すると、患者さんの理解が得られると思います。

患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版 第7版16)

解説(生殖器の症状より抜粋)

性器出血、腟の分泌物の増加、腟の乾燥、腟炎などの症状が現れることがあります。また、5年間のタモキシフェン内服により、閉経後の方は子宮内膜がんになる危険性が2~3倍に増えるといわれています。しかし、もともと800人に1人くらいの割合だった子宮内膜がんになる可能性が、800人に2~3人の割合に増えるくらいで、頻度は非常に低く、タモキシフェンを再発予防目的で使用する場合、子宮内膜がんになるリスクより乳がん再発予防効果の利益のほうが大きいと考えられます。

タモキシフェン内服中の方が定期的な検診を受けることにより、早期に子宮内膜がんを発見できる可能性が高くなるというデータはないので、タモキシフェン内服中であるからといって子宮体がん検診を必ずしも受ける必要はありません。特に、閉経前の方では、タモキシフェンにより子宮内膜がんが増えるというデータ自体がありません。ただし、不規則な性器出血や血液が混ざった腟分泌物などがある場合には、婦人科を受診して精密検査を受けるようにしてください。

16)日本乳癌学会 編「患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版 第7版」 金原出版株式会社
許諾を得て転載

アベマシクリブ、S-1

アベマシクリブによる下痢は、約8割の方に起こりますので、ほぼ必発と考えていただければと思います。いつ起こったか、1日に何回起こったか、便の性状、事前に処方された下痢止めを適切に服用できたかどうかを確認してください。製薬会社が作成した患者さん向け資材には、下痢止めの服用方法を記載する欄があります。当院では、下痢止め(ロペラミド)服用時の注意として、1回2カプセル飲んでから4時間経っても下痢が止まらない場合は、再度服用が可能なこと、ただし1日に5~6回服用しても下痢が止まらない場合は病院に連絡することを記載しています。そういった資材が患者さんに渡されているかどうか、理解されているかどうかの確認をしていただきたいです。
その他の副作用としては間質性肺炎、血栓症があります。頻度は1%前後と低いですが、起こると重篤になります。こちらも、患者さん向けの資材に症状と対処方法が記載されています。間質性肺炎であれば、空咳、微熱、息切れなどの症状があったら服用を中止してすぐに病院に連絡することと記載されています。その症状が、風邪や新型コロナウイルス感染症などの場合もありますが、疑いの時点で鑑別診断を受けることが大切です。血栓症であれば、手足の腫れなどがあった場合は、服用を中止してすぐに病院に連絡することと記載されています。

S-1は経口剤ですので、薬剤が通過していく消化管に主に副作用が出ます。口内炎、食欲低下、腹痛、下痢などの副作用が出ることがありますが、頻度は低いです。嘔気もありますが、頻度は非常に低いです。また、長期間服用すると、色素沈着、流涙などの症状が出ることもあります。骨髄抑制を起こすこともありますので、感染症にも注意が必要です。起こりうる副作用は、製薬会社が作成している患者さん向け資材に記載されていますので、患者さんと一緒に確認をしてください。

*ロペラミドの用法・用量は「ロペラミド塩酸塩として、通常、成人に1日1~2mgを1~2回に分割経口投与する。なお、症状により適宜増減する。」
(ロペラミド塩酸塩カプセル1mg「NIG」 添付文書 2022年6月改訂第18版)

薬剤師に期待すること

乳癌の薬物療法は頻繁にアップデートされるため、薬剤師の方も、最新情報にできるだけアクセスして、情報を更新する努力をしてください。内分泌療法の治療期間は長期にわたります。長期にわたるということは、それだけ副作用も発現しますし、服薬中断のリスクも高くなります。何か副作用で困っていることがないかどうか、その副作用に対する薬剤が適切に処方されているかどうかなどを、服薬指導をする際に聞き取っていただき、次の診察時に医師に相談するようアドバイスをしていただけると良いと思います。

最近では、分子標的薬や化学療法薬の経口剤が処方されるようになり、より複雑な副作用が起こり、場合によっては、重篤な副作用に繋がることもあります。経口剤は、病院ではなく自宅で服用するため、患者さん自身がセルフアセスメント、セルフマネジメントすることが大事です。薬剤師は、事前に、添付文書や製薬会社が作成している資材などに目を通して薬剤について十分に理解した上で、患者さんと一緒に患者さん向け資材を確認してください。そして、患者さんが、服用している薬剤の服用方法や注意点をしっかりと理解しているかどうか確認することができればベストだと思います。

当コンテンツの情報および監修者の所属・役職は掲載日時点での情報となります。
また、当該医薬品の使用に当たっては、最新の添付文書、ガイドライン等をあわせてご参照くださいますようお願いします。

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