製品検索

BASIC EVIDENCE FOR PHARMACIST薬剤師のためのBasic Evidence
(シスプラチン:ショートハイドレーション法)

監修:堀之内 秀仁 先生 (国立がん研究センター 中央病院 呼吸器内科 病棟医長)

薬剤師のためのBasic Evidence
(シスプラチン:ショートハイドレーション法)

掲載日:2024年3月7日


堀之内 秀仁 先生
国立がん研究センター 中央病院
呼吸器内科 病棟医長

がん薬物療法は、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が加わることによって、治療選択肢が大きく広がり、治療成績も向上しています。その一方で、従来から使われている細胞障害性抗がん薬のシスプラチンは、その高い治療効果から、現在でも、さまざまながん種のキードラッグとして重要な役割を担っています。

ただ、シスプラチンは、悪心や嘔吐などの消化器毒性と腎毒性が問題となり、腎毒性を軽減するために大量補液が必要とされてきました。しかし近年では、消化器毒性に対する制吐療法の発展に伴い、それまで障壁となっていた本剤の外来投与を可能にする少量かつ短時間の補液法(ショートハイドレーション法)が行われるようになっています。

「薬剤師のためのBasic Evidence(シスプラチン:ショートハイドレーション法)」では、2022年に改訂された「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン 2022」、 「シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き」に準拠した、ショートハイドレーション法の投与方法や注意点について基礎的な内容を解説します。

目次

各製剤の詳細は電子添文をご参照ください。

日医工のオンコロジー製品一覧

ショートハイドレーション法について

シスプラチンの添付文書1)には、投与時の腎毒性を軽減するための補液法として、投与前から投与終了後までに計2,500~5,000mL の補液を10時間以上かけて行うよう記載されています。この長時間にわたる大量補液法(表1)では、必然的に入院加療を余儀なくされていました。

しかし、制吐療法の進歩に加えて、国内外において少量かつ短時間の補液(short hydration: ショートハイドレーション)法(表1)の有用性が確認され、外来治療が可能であると報告されたことから、日本肺癌学会による「シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き(2015年8月)」(以降「手引き」)が作成されました。また、2018年には本剤の添付文書1)に、「少量かつ短時間の補液法(ショートハイドレーション法)については、最新の『がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン』等を参考にし、ショートハイドレーション法が適用可能と考えられる患者にのみ実施すること。」と追記されました。このことにより、ショートハイドレーション法の普及が進み、現在では多くの施設で実施されています。

1) シスプラチン点滴静注10mg・25mg・50mg「マルコ」添付文書 2023年11月改訂(第1版)

表1 シスプラチン投与における大量補液法とショートハイドレーション法の比較

*1:シスプラチン点滴静注10mg・25mg・50mg「マルコ」 添付文書 2023年11月改訂(第1版)より作成

*2:日本肺癌学会ガイドライン検討委員会/日本臨床腫瘍学会ガイドライン委員会:シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き.(p.5)より作成

「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン 2022」(以降「ガイドライン」)において、定性的システマティックレビューが行われた5報の研究2~6)はすべて、高用量シスプラチン(≧50mg/m2)投与におけるショートハイドレーション法の安全性を評価する小規模な単群の介入研究で、ランダム化比較試験ではありませんでした。しかしながら、腎機能障害発生割合および本剤投与に伴う胃腸障害などのために追加補液が必要となった割合については一貫性が認められ、すべての症例数を統合するとそれぞれ3.6%、19.4%でした7)。以上により、成人における本剤投与時の腎機能障害を軽減するために推奨される補液法として、ショートハイドレーション法は弱く推奨されています。

一方、ショートハイドレーション法は、約2割の症例で胃腸障害などに伴う追加補液が必要となることから、適切な治療環境が確保でき、緊急時対応が可能な施設においてのみ実施が考慮されます。また、「全身状態良好かつ短時間補液に耐えうる臓器機能を有している患者において、患者の価値観や好み、施設の状況により大量補液法を行うか、ショートハイドレーション法で行うかを事前に患者との相談の上、決定されるべきである。」としています。

2) Hotta K, et al.: Jpn J Clin Oncol. 2013; 43(11): 1115-1123.

3) Hase T, et al.: Int J Clin Oncol. 2020; 25(11): 1928-1935.

4) Horinouchi H, et al.: Jpn J Clin Oncol. 2013; 43(11): 1105-1109.

5) Horinouchi H, et al.: ESMO Open. 2018; 3(1): e000288.

6) Ninomiya K, et al.: Int J Clin Oncol. 2016; 21(1): 81-87.

7) 日本腎臓学会/日本癌治療学会/日本臨床腫瘍学会/日本腎臓病薬物療法学会 編

「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン 2022」 ライフサイエンス出版株式会社

ショートハイドレーション法の投与方法

米国では、National Comprehensive Cancer Network(NCCN)ががん治療に関連するガイドラインなどを作成・公開しており、NCCNは、抗がん薬の投与方法についても一定の推奨事項をまとめて、NCCN Chemotherapy Order Templates(NCCN Templates)8)として有料で公開しています。 NCCN Templatesでは、非小細胞肺癌、小細胞肺癌、子宮体癌、前立腺癌、卵巣癌、悪性胸膜中皮腫、胆道癌、頭頸部癌、胃癌、食道癌、子宮頸癌、骨肉腫等多くの癌腫において、最小1L、最短2時間のショートハイドレーション法が推奨されています。補液の一例として、塩化カリウム20mEq/Lおよび硫酸マグネシウム8mEq(1g)/Lを含む生理食塩液を、シスプラチン投与前後に1時間あたり250~500mL、合計1,000~3,000mLを投与する方法が示されています。

一方、日本においては「手引き」9)に、ショートハイドレーション法に含まれる補液の内容は、生理食塩液を含めた補液(合計1,600~2,500mL、4時間~4時間30分)、経口補液(当日シスプラチン投与終了までに1,000mL程度)、マグネシウム(合計8mEq)、強制利尿薬(20%マンニトール150mL~200mL程度、または、フロセミド20mg静注)と記載されています。また、実際の投与方法は表2も参照するよう記載されています。なお、「手引き」におけるショートハイドレーション法は、シスプラチンの添付文書の記載よりも「少量かつ短時間の補液法」と定義されるのみで、厳密な補液量や投与速度は規定されていません。そのため、施設ごとにレジメンが異なっています。

そのほか、「手引き」には、ショートハイドレーション法の補液に経口補液(当日シスプラチン投与終了までに1,000mL程度)を含めるとされており、表2の投与例2でも同様の記載になっています。表2の投与例1では飲水の規定を設けていませんが、当院のレジメンですのでのちほど解説します。翌日以降については、Day2-3(4)で1,000mLあるいはそれ以上の経口補液を行っていると報告している施設10~12)が多い一方で、経口補液を省略していると報告している施設13)もあります。

8) https://www.nccn.org/compendia-templates/nccn-templates-main/browse-by-cancer-type

(2023年11月9日閲覧)

9) 日本肺癌学会ガイドライン検討委員会:シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き

10) 磯崎 英子ほか.:医療薬学. 2012; 38(3): 184-190.

11) 興梠 陽平ほか.:日呼吸誌. 2013; 2(6): 730-736.

12) 江草 徳幸ほか.:日本病院薬剤師会雑誌. 2016; 52(4): 391-395.

13) 谷澤 範彦ほか.:日本病院薬剤師会雑誌. 2021; 57(4): 433-440.

表2 ショートハイドレーションの投与例

日本肺癌学会ガイドライン検討委員会/日本臨床腫瘍学会ガイドライン委員会

:シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き.(p.7)より許諾を得て転載

ショートハイドレーション法の実際と注意点

ショートハイドレーション法については、添付文書1)に「最新の『がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン』等を参考にし、ショートハイドレーション法が適用可能と考えられる患者にのみ実施すること」と記載されており、すべての患者さんに行われるわけではありません。また、導入後もさまざまな注意点があります。適応患者の選定、注意点等については、 「手引き」に詳しく記載されていますのでご紹介します。

【適応患者の選定】

まず、シスプラチン投与自体の適応患者かどうかを見極めることが必要である。ショートハイドレーション法の使用にあたっては下記の項目にも特に留意すべきである。

  • 腎機能が十分に維持されていること(例:血清クレアチニン値施設基準上限値以下、かつ、クレアチニンクリアランス値≥60mL/min;但、筋肉量の影響を受けるため、高齢者等では正確性にかける場合があることに留意する)
  • 飲水指示に対して十分な理解力を有すること
  • 心機能が保持されていること(例:心臓超音波検査にてEF※160%以上など、1時間あたり500mLの補液に耐えうると期待される場合)
  • 全身状態が良好であること(PS※20-1)

※1 EF:ejection fraction(左室駆出率)

※2 PS:Performance Status

【サイクル内の投与の実際と観察すべき項目】

  • ショートハイドレーション法の導入は、その安全性を確認するため必要に応じて入院で行う。
  • 補液については下記を参考にする。実際の投与例は表2「ショートハイドレーションの投与例」も参照のこと。
  • シスプラチン投与が終了するまでに1,000mL程度の経口補液を心がけるよう患者に促す。
  • 一方、大量の水摂取により、水中毒を介した低ナトリウム血症を生じる可能性があり、過剰な飲水をしないことも患者に説明する。
  • 水分バランスの管理が最も重要である。シスプラチン投与当日から3~5日間は尿量測定(または尿回数)・体重管理・飲水量の記録を行う。
  • シスプラチン投与直後から約2時間の尿量・体重管理に留意する。
  • 上記の2時間で、目安として1L程度の尿量を確保する。尿量測定が困難な場合は尿回数や体重変化*を用いて水分バランスを十分考慮しつつ、強制利尿薬の追加を随時行うよう検討する(*例:尿回数が3回未満、あるいは、体重が2kg程度増加した場合)。
  • また、シスプラチン投与後3~5日間で、食思不振を生じて日常的に行われる飲水が困難となった場合には、腎前性腎障害を避けるため積極的に追加点滴補液を行う。
  • 腎機能の評価は血清クレアチニン値を用いるのが一般的である。特に初回サイクルでは1週間以内に確認することが望ましい。
  • 腎障害を生じた場合には補液を含めた適切な対応を早急に行い、必要に応じて腎臓内科などとの連携も行う。

以上、具体的な診療フローや体制構築については、医師、看護師、薬剤師を含めた多職種で事前に検討し、施設単位で情報共有しておく。

【患者への説明】

ショートハイドレーション法の使用にあたっては下記の項目を十分説明する。医師・看護師・薬剤師等メディカルスタッフの各職種の専門性を生かした多方面からの指導が重要である。

① シスプラチン投与による腎障害発現の可能性

② 補液や強制利尿薬使用が腎障害回避のためのポイントであること

③ 経口補液が点滴補液を減ずるための代替の意味を持つこと

④ 抗癌薬治療開始(針穿刺)からシスプラチン投与終了までに1L程度の経口補液を行うこと

⑤ 尿量(または尿回数)・体重・飲水量等の測定が重要であること

⑥ 当日のアプレピタント内服*、第2日目以降のアプレピタントとデキサメタゾンの内服をし損なわないよう、適正な制吐薬使用**を徹底すること

*ホスアプレピタントを使用する場合はその限りでない

**日本癌治療学会編 制吐薬適正使用ガイドライン最新版の推奨する薬剤

⑦ シスプラチン投与終了後数日間は食思不振などの消化器毒性に留意し、食思不振が続く場合など病状変化のある場合は、すぐに医療スタッフへ連絡すること

【外来での治療へ移行する場合の実際と注意点】

  • 1サイクル目を入院で受けた患者について、尿量管理、体重管理、および、経口補液等に問題を生じず、腎障害を生じなかった場合、次サイクル以降は、外来での化学療法継続を考慮する。
  • 他の抗癌薬レジメンと最も異なる点は、水分バランスの管理を要することである。
  • 但し、外来では厳密な尿量測定は実際的でない。抗癌薬治療開始(針穿刺)からシスプラチン投与終了後2時間までの尿回数あるいは体重変化を測定することが一助となる。
  • ショートハイドレーション法の1サイクル目と同じような形で、十分な経口補液を促すことが重要である。
  • 食思不振が続く場合は、腎前性腎障害を回避するためにも追加点滴補液を積極的に行う。
  • 一般的に外来治療においては、入院治療と異なり、患者の病状をリアルタイムに把握するのが難しいため、入院での管理以上に担当医師・看護師・薬剤師等医療スタッフ間での密な連携を構築し、患者の病状管理を行っていくことが重要である。

日本肺癌学会ガイドライン検討委員会/日本臨床腫瘍学会ガイドライン委員会

:シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き.(p.4-6)より許諾を得て転載

ショートハイドレーション法の安全性と有効性を検討した当院における第Ⅱ相試験

当院では、肺がん患者さんを対象としたシスプラチン併用化学療法におけるショートハイドレーション法について、第Ⅱ相試験4)14)を実施しました。適切な腎機能などの選択基準を満たし、75mg/m2以上のシスプラチン投与を予定する患者さんを対象に、主要評価項目は、1サイクル目におけるGrade2以上のクレアチニン上昇がない患者さんの割合、副次評価項目は、化学療法のサイクル数、有害事象、奏効率と設定して評価しました。

実際の投与例をお示しします。非小細胞肺がんに対するシスプラチン(80mg/m2)+ゲムシタビン(1,000mg/m2)療法では、制吐薬としてパロノセトロン、デキサメタゾン、アプレピタントを併用し、day1に、1,600mLの補液とともに、約4時間で投与が終了する投与方法を試みました(表3)

表3 ショートハイドレーションの投与例

※シスプラチン+ゲムシタビン療法(非小細胞肺がんレジメン)

※表の制吐薬以外に、アプレピタント(day1:125mg、day2~3:80mg)、 デキサメタゾン(day2~4:8mg)を内服する

堀之内 秀仁ほか.:臨泌. 2015; 69(12): 1018-1024.より許諾を得て転載

本試験に登録された44例において、主要評価項目である、1サイクル目におけるGrade2以上のクレアチニン上昇は認められず、達成基準(44例のうち36例が1サイクル目のGrade2以上のクレアチニン上昇を認めない)を満たすことが確認されました。全治療期間では、Grade1のクレアチニン上昇が7例(16%)、Grade2のクレアチニン上昇が1例(2%)に認められました。Grade2のクレアチニン上昇の1例は、3サイクル目に認められましたが(治療前値0.7mg/dL、最大値1.7mg/dL) 、クレアチニン値はすみやかに改善し、シスプラチンを減量することで4サイクル完了することが出来ました。腎障害以外のGrade3以上の副作用は、発熱性好中球減少症が2例(5%)、食欲不振、悪心、嘔吐がそれぞれ1例(2%)でした(CTCAE v4.0に基づく重症度分類)。

さらに、RECIST ver1.1に基づく効果判定が可能であった患者さんの奏効率は48.0%と、従来の補液法で実施された各種報告と同等の奏効割合であり、抗腫瘍効果にも影響がないことが示唆されました14)
なお、試験期間中、Grade2のクレアチニン上昇を認めた1例を除き、主に消化器毒性のために13例で追加補液を必要とし、6例でシスプラチンの減量を必要としたことから、患者さんの副作用モニタリングが重要である点は従来法と同様となります。

なお、現在当院で実施しているショートハイドレーション法のレジメンは、第Ⅱ相試験を実施した当時のレジメンをブラッシュアップしたものとなっています。20%マンニトールは、過飽和溶液で結晶を析出することがあることから、現在では5%D-ソルビトール溶液を加えた15%D-マンニトール溶液 300mLを45分で投与しています。次に、シスプラチン投与前後の補液ですが、第Ⅱ相試験当時は1/4食塩溶液を使用していましたが、現在では開始液を使用しています。

また、当院では、シスプラチン投与当日、翌日以降についても、特に飲水指示をしていません。あまり水分を摂るように指導しすぎると、水分大量摂取に繋がり、低ナトリウム血症を起こすことがあるため注意が必要です。Post-hydrationを省略する場合には、ナトリウムを含んでいる経口補水液500mLで代用しています。

14) 堀之内 秀仁ほか.:臨泌. 2015; 69(12): 1018-1024.

薬剤師の皆さんへ

ショートハイドレーション法は適切な治療環境が整っていれば、安全にかつ短い時間でシスプラチンを投与できることから、多くの施設で実施されています。
外来治療では、治療終了後の患者さんの病状をリアルタイムに把握することは難しいため、入院での管理以上に担当医師・看護師・薬剤師等の医療スタッフ間での密な連携を構築して、患者さんの病状管理を行っていくことが重要となります。ショートハイドレーション法を実施している施設では、医療スタッフ間で役割を分担して、患者さんに抗がん薬の投与スケジュールや副作用、飲水や制吐薬の重要性についての説明が行われています。
シスプラチン含有レジメンでショートハイドレーション法を実施した患者さんの中には、外来治療に移行し、内服薬が院外処方されることがありますので、保険薬局薬剤師のみなさんには、その際もしくは電話でのフォロー時に、病院で説明したことを理解されているかどうか確認して頂けると助かります。

当コンテンツの情報および監修者の所属・役職は掲載日時点での情報となります。
また、当該医薬品の使用に当たっては、最新の添付文書、ガイドライン等をあわせてご参照くださいますようお願いします。

Oncology 関連コンテンツ