抗菌薬の不適切使用が招く耐性菌の脅威と、その対策に向けた取り組み
昭和医科大学薬学部 臨床薬学講座
感染制御薬学部門
前田 真之 先生
耐性菌の出現が広く報告され続ける中、抗菌薬の適正使用は医療機関においてますます重要な課題となっています。世界的に深刻化する耐性菌問題に対し、何ら対策がなされなければ2050年には全世界における年間死者数が1,000万人に達するとの警鐘も鳴らされています1)。そこでvol.5では、耐性菌対策の現状と今後の展望をテーマに、抗菌薬使用のモニタリングやWHOが策定した適正使用の指標であるAWaRe分類などについて解説します。
目次
- 抗菌薬の適正使用は喫緊の課題
- より広範囲で複雑化する抗菌薬使用のモニタリング
- 抗菌薬使用のモニタリング指標の進化
- 世界的な抗菌薬分類と国際目標の設定
- J-SIPHEによるデータの一元管理と比較分析による感染管理の質向上
抗菌薬の適正使用は喫緊の課題
耐性菌は、ペニシリンを発見したフレミング博士が既に1945年のノーベル賞受賞記念講演の中で、抗菌薬の不適切使用により耐性菌が発現する可能性を警告していたことからもわかるように、最近認識されたことではなく、抗菌薬が臨床応用されて以来言われ続けている問題です。特に1970年代以降、病院全体での抗菌薬使用状況と耐性菌発生の相関関係の研究が本格化し、抗菌薬の適正使用は重要なテーマとなりました。その後、新たな抗菌薬の開発が進む一方で、それに対応する耐性菌も次々と出現しています。さらに、検査技術の発展や耐性メカニズムの解明もあり、耐性菌対策はより複雑化しています。
現在、新規抗菌薬の開発が停滞していることもあり、耐性菌による健康被害は世界的な脅威となっています。耐性菌の存在が患者の治療をますます困難にしていく中、2010年代に入りその影響による患者の不利益や社会的な経済コストを定量化する試みがなされました。2014年に発表されたイギリスの経済学者ジム・オニール氏による予測レポートでは、耐性菌対策を講じなかった場合、2050年には耐性菌による年間死者数が世界で1,000万人に達すると推定しています(図1)1,2)。この推定値は、その後の医学系研究者による詳細な検証により、数字の妥当性が裏付けられつつあります。現在、耐性菌による疾病負荷(社会的・経済的影響を含む健康被害の指標)の分析が進み、オニール氏の予測に近い結果が得られています3)。この状況を踏まえ、世界は耐性菌対策の重要性を再認識しています。
より広範囲で複雑化する抗菌薬使用のモニタリング
抗菌薬使用のモニタリングは、1970年頃に米国で始まり、抗菌薬の使用が多いほど耐性菌が出現する可能性が高くなるという抗菌薬の選択圧の概念から、各病院で使用状況を把握し、過剰使用への対策が施されるようになりました。この取り組みは抗菌薬適正使用における基本として現在も続いており、病院内の感染対策と抗菌薬使用の問題が密接に関連していることも明らかになっています。しかし、近年、抗菌薬の種類が増え、耐性菌も多様化したことで、その関係性は複雑化しています。
さらに日本では、大病院、中小規模病院、クリニック間での患者の移動を考慮すると、耐性菌対策は単一の医療機関だけでは完結せず、地域レベルでの包括的なアプローチも不可欠と認識されるようになってきました。
このように、抗菌薬使用のモニタリングは、その重要性を保ちつつも、より広範囲で複雑になってきています。
抗菌薬使用のモニタリング指標の進化
抗菌薬使用のモニタリング指標は、時代とともに進化してきました。かつては、薬剤部からの払い出し量や卸売業者からの納入量を単純に集計していましたが、この方法では実際の使用量と必ずしも一致しないという問題がありました。
2000年代に入り、抗菌薬の使用量を世界保健機関(WHO:World Health Organization)が定めた規定1日用量(DDD: defined daily dose)と入院患者延べ日数で補正する方法が日本でも用いられるようになり、使用量の評価がより精密になりました。この方法は国際比較にも適しており、広く普及しています。しかし一方で、腎機能障害患者や小児など実際の投与量がDDDと異なる患者の多い病院では、使用量は過小評価されるリスクもあります。この問題を解決するため、米国感染症学会(IDSA: Infectious Diseases Society of America)によって提案されたのが、抗菌薬使用日数(DOT: days of therapy)をカウントして入院患者延べ日数で補正する方法です。2000年代後半から日本でも浸透し始め、電子カルテシステムの発展により、現在ではDDD方式とDOT方式の両方を比較的容易に集計できるようになっています。これらの指標の進化は、抗菌薬使用の実態をより正確に把握し、適正使用を推進するための基盤となっています。
世界的な抗菌薬分類と国際目標の設定
抗菌薬使用のモニタリング指標の進化と並行して、2017年にWHOは新たな適正使用の指標としてAWaRe分類を策定しました。AWaRe分類は、抗菌薬を①一般的な感染症の第一または第二選択薬として用いられる耐性化の懸念の少ない抗菌薬で、すべての国が高品質かつ手頃な価格で、広く利用できるようにすべきもの(Access)、②耐性化が懸念されるため、限られた疾患や適応にのみ使用すべきもの(Watch)、③他の手段が使用できないときに最後の手段として使用すべきもの(Reserve)、の3つに区分し、Access抗菌薬の割合を 60%以上にすることを目標にしています(図2)。
日本でも、2024年度診療報酬改定で新設された抗菌薬適正使用体制加算において、直近6か月において使用する抗菌薬のうち、Access抗菌薬の使用比率が60%以上またはサーベイランスに参加する医療機関全体の上位30%以内であることが算定要件の1つとなっています。しかし、Access抗菌薬の使用比率をどのように60%以上にするかについては、先進国と発展途上国で分けて考える必要があります。すなわち、発展途上国では抗菌薬の供給および管理が不十分なためAccess抗菌薬の使用割合を増やすことが目標である一方、日本をはじめとする先進国ではAccess抗菌薬の使用を増やすのではなく、Watch抗菌薬の過剰使用を抑制することが本来の目標といえます。
2024年9月に行われた第2回薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)に関する国連ハイレベル会合で、"10-20-30"イニシアチブ4)を掲げ、耐性菌による死亡の10%削減、ヒトへの不適切な抗菌薬使用の20%削減、動物への不適切な抗菌薬使用の30%削減を目指すことを決定しました。抗菌薬は世界的な公共財として捉えるべきであり、医療環境に恵まれた日本は、グローバルな観点から抗菌薬使用の監視と管理をより効率的に行うためのシステム整備が求められます。
J-SIPHEによるデータの一元管理と比較分析による感染管理の質向上
感染対策連携共通プラットフォームJ-SIPHE(Japan Surveillance for Infection Prevention and Healthcare Epidemiology)は、厚生労働省委託事業AMR臨床リファレンスセンターが運営する感染管理システムで、抗菌薬使用の監視を効率化し、包括的な感染症診療管理を実現することで感染管理の質向上と抗菌薬の適正使用推進に貢献しています5)。システムの主な特徴は、医事課ファイルの直接読み込みによる集計作業の省力化、耐性菌を含む多様なデータの統合管理、そして他施設とのデータ比較機能です。特に他施設との比較は、自施設の課題をより明確にし、改善への動機付けを強化する上で有用です。
現在、参加施設数は3,513施設(2024年12月1日時点)ですが、国主導のプラットフォームで一元管理されたデータは耐性菌対策の推進において様々な利活用が期待できるため、さらなる普及および活用が望まれます。
1)Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for health and wealth of nations. UK, December 2014
https://amr-review.org/sites/default/files/AMR%20Review%20Paper%20-%20Tackling%20a%20crisis%20for%20the%20health%20and%20wealth%20of%20nations_1.pdf(2024年11月閲覧)
2)厚生労働省におけるAMRの取組 厚生労働省健康局One Health に関する連携シンポジウム資料(2024年11月利用)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000189799.pdf(2024年11月利用)
3)GBD 2021 Antimicrobial Resistance Collaborators. Lancet. 2024; 404(10459): 1199-1226.
4)Mendelson M, et al.Lancet.2024; 403(10443): 2 551-2564.
感染対策連携共通プラットフォームJ-SIPHE 概要説明(2024年4月8日改定)
国立研究開発法人国立国際医療研究センター厚労省委託事業AMR 臨床リファレンスセンターより
https://j-siphe.ncgm.go.jp/files/J-SIPHE%E6%A6%82%E8%A6%81%E8%AA%AC%E6%98%8E.pdf(2024年11月閲覧)
感染症を専門領域に選んだ理由
私が感染制御専門薬剤師(ICPS:Board Certified Infection Control Pharmacy Specialist)の道を選んだきっかけは、中学時代にさかのぼります。理科が好きだったことに加え、看護師である母の影響で医療への興味もあったことから、担任の先生から「薬剤師が向いている」とアドバイスを受け、病院薬剤師を目指そうと考えました。そこで、大学は薬学部に進み、学ぶ中で、微生物学や感染症などの分野に特に魅力を感じていました。
さらに、薬剤師として職に就いた2005年は、偶然にも日本病院薬剤師会が専門薬剤師制度を創設した年と重なりました。がん領域と並んで感染制御分野が最初の専門領域として認定されたのです。当時の薬剤師は特定の専門分野で働くというキャリアパスは一般的ではありませんでしたが、私はこの新設された感染制御専門薬剤師の資格取得を目指すことにしました。そして、病院内で感染症診療に専門的に関わるようになり今に至っています。
理科への興味から始まり臨床薬剤師となり、ICPSへと専門領域へ一直線に進んできた私のキャリアは、当時としてはやや特異的な選択だったかもしれません。しかし、感染症の領域において薬剤師の役割は今後ますます多岐に渡り、重要性を増すことが予想されます。それだけにやりがいのある仕事だと感じています。