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Infection Control vol.14呼吸器系ウイルス感染症の基本理解

監修:北里大学 大村智記念研究所 特任教授
山梨大学 大村記念微生物資源研究フロウティラ 特任教授
花木 秀明 先生

呼吸器系ウイルス感染症の基本理解


北里大学 大村智記念研究所 特任教授
山梨大学 大村記念微生物資源研究フロウティラ 特任教授
花木 秀明 先生

ウイルス感染症への対策は、科学的根拠に基づくアプローチが必要です。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにおける感染症対策を振り返ると、経験したことのないパンデミック状況下で迅速な対応が求められました。そのため科学的根拠を欠いた過剰な対応や、ウイルスと細菌の生物学的特性や感染状態の違いを十分に理解しない状態での感染対策や治療が進められてきた例もあったと考えられます。

感染制御認定薬剤師(PIC:Board Certified Pharmacist in Infection Control)や感染制御専門薬剤師(ICPS:Board Ceritified Infection Control Pharmacy Specialist)をはじめとする医療従事者が新たな感染症に対して適切な判断をするためには、Evidence-Based Medicine(EBM)にのみ頼るのではなく患者本来の治療を目的としたPatient-Based Medicine(PBM)に重点を置く必要があります。新規感染症に対して初期のEBMは科学的根拠に欠ける場合が多くあり、その後に訂正されることも散見されます。これは十分な科学的根拠を得る時間をかけられないパンデミックでは仕方のないことです。そのために患者本来の治療を目的としたPBMが重要となります。vol.14では、ウイルス感染症に関する正確な理解を深めるとともに、細菌感染症との本質的な違いを解説し、合理的で効率的な感染対策を探ります。

目次

感染性ウイルスと感染能力を失ったウイルスの死骸や残骸の違い

ウイルス感染症の理解においては、まず、感染性ウイルスと非感染性ウイルス(死骸・残骸)との区別を理解することが極めて重要です。これらを正しく区別することは、適切な感染対策を実施する上での基盤となります。初期の感染対策は遺伝子の検査結果で立案されたので、感染性が消失したウイルスの残骸に怯えた過剰な対策となっていました。

感染性ウイルスとは宿主細胞内で増殖し、他の細胞や個体に感染を引き起こす能力を有する生きたウイルスを指します。これに対し、感染能力を失ったウイルスの死骸や残骸は、既に感染力を失っている「死んだ」ウイルス由来の遺伝物質の断片です。この両者は感染性を有す有さないと全く異なる存在でありながら、検査方法によって区別されることなく検出されることが混乱の原因となっています。

感染性ウイルスの検出は、細胞培養によるウイルス分離を通じて行われます。この方法は、実際に細胞に感染し、複製能力を有する生きたウイルスの存在を確認する標準的な手法です。ウイルス分離では、患者由来の検体を感受性細胞株に接種し、ウイルスの増殖とそれに伴う細胞変性効果を観察します。

図1は感染性ウイルスと感染能力を失ったウイルスの死骸や残骸の検出率を経時的に見たものですが、感染能力を有す新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の分離率は発症時にピークを迎えた後、約1週間程度で低下します。この動態は、実際の感染性ウイルスの消失時期を正確に反映しています。北里大学で実施された臨床治験データでは、発症後7日目においてSARS-CoV-2の分離が確認されず1)、別の治験データでも発症後3日目にウイルス量が激減することが確認されています2)。すなわち、発症から1週間経過後は、患者はSARS-CoV-2を他者に感染させる能力をほとんど失っているということになります。この事実は、隔離期間の設定や接触者追跡の期間決定において重要な科学的根拠となります。

一方でウイルスの遺伝子は1ヶ月以上にわたって検出されるので、これを基準とした感染対策では過剰な対策や隔離が行われてきました。

PCR検査の特性と限界

RT-qPC(PCR)検査は、ウイルスの遺伝子(RNA→DNA)を増幅して検出する手法です。この検査法は極めて感度が高く、わずか数コピーのウイルス遺伝子があれば検出可能です。しかし、この高感度性こそが臨床判断において混乱を生じさせる要因となっています。

PCR検査は、ウイルスの遺伝子の断片さえあれば陽性となるため、ウイルスの死骸や残骸も検出してしまいます。図1のPCR、鼻咽頭ぬぐい液、気管支肺胞洗浄液/喀痰、便の曲線は、この現象を明確に示しています。いずれも6週間以上にわたって検出され続けており、感染性ウイルスが消失した後も感染能力を失ったウイルスの死骸や残骸を検出し続けていることが分かります。すなわち、「発症後約2週間から1ヶ月間程度は体内にSARS-CoV-2が存在する」という「従来の認識」は、実は感染能力を失ったウイルスの死骸や残骸の遺伝子検出に基づいたものであり、実際の感染リスクとは大きく乖離していることが明らかになっています。このように各臓器や血液中、咽頭に残存する感染能力を失ったウイルスの死骸や残骸を「感染能力を有す生きたウイルス」と誤認したことで、感染対策が慎重になりすぎてしまい、必要以上に長期間の隔離が行われたり、感染性のない患者に対して過度な防護策が講じられたり、帝王切開を行ったり、遺族がご遺体と会えなかったりなど、医療現場では様々な問題が生じました。

このような状況を改善し、適切な感染対策を実施するためには、医療従事者が感染性ウイルスと感染能力を失ったウイルスの死骸や残骸の生物学的違いを正確に認識し、実際の感染性に基づいた合理的で効率的な対応へと転換していく必要があります。

ウイルス感染症の重症化のメカニズム

COVID-19の重症化は発症後の約1週間後から起こります。つまり、生きたウイルスが消失した後から起こることになります。それは、COVID-19の免疫応答と病態経過は、感染初期と後期で全く異なるプロセスを辿るからです。この点を理解することは、ウイルス感染症の適切な治療戦略を選択する上で極めて重要です。

感染初期には、宿主の第一線防御機構である自然免疫システムが迅速に活性化されます。この段階では、インターフェロン(特にI型インターフェロン)の産生が急激に増加し、ウイルス増殖の抑制とウイルス感染細胞の排除が開始されます。同時に、ナチュラルキラー(NK)細胞やマクロファージなどの自然免疫細胞が活性化され、感染細胞の直接的な破壊と炎症反応の調節を行います。

感染後期になると、より特異的で強力な獲得免疫機構が活性化されます。特に、ウイルス特異的細胞傷害性T細胞(CTL:Virus-specific cytotoxic T-Lymphocyte)が著明に上昇し、感染制御の中心的役割を担います。このCTLは、主要組織適合遺伝子複合体(MHC:Major Histocompatibility Complex)クラスI分子を介してウイルス抗原を認識し、ウイルスに感染した宿主細胞を「異物」として排除します。さらにサイトカインの暴走によってサイトカインストームが起きてしまいます。これらがSARS-CoV-2が消失した後にCOVID-19の重症化が進行する理由です。つまり、ウイルス自体による直接的な細胞傷害よりも、免疫応答による二次的な組織ダメージが重症化の主因となるわけです(図2、3

感染細胞の系統的破壊に伴い、大量のサイトカインが放出され、いわゆる「サイトカインストーム」と呼ばれる過剰炎症反応が誘発されます。同時に、マクロファージの過度な活性化が生じ、組織学的ダメージと免疫学的ダメージが相互に増強し合う悪循環が形成されます。

SARS-CoV-2は宿主細胞に感染すると、細胞表面に特異的な突起構造を形成し、ウイルス抗原を細胞表面に提示します。この抗原提示により、感染細胞は免疫系にとって「非自己」として認識され、免疫学的攻撃の標的となります。SARS-CoV-2のように多臓器に感染するウイルスでは、肺、心臓、腎臓、肝臓、血管内皮細胞など、全身の感染細胞が同時に破壊されることで、広範囲かつ重篤な臓器ダメージが生じることになります。

ウイルス感染症と細菌感染症との相違点と治療戦略

ウイルス感染症では、ウイルス量の減少後に重症化が進行することを説明しましたが、これに対し、細菌感染症では、時間の経過に伴い体内での細菌数が持続的に増加し、病態の悪化と細菌量の間に明確な正の相関関係が認められます(図4)。

このようにウイルス感染症と細菌感染症とは、本質的に異なる病態進行パターンを示します。この違いを理解しておくことは治療する上でも大変重要になります。

ウイルス感染症では抗ウイルス薬の投与は、ウイルス量の多い発症初期には意味がありますが、ウイルス消失後の重症化段階においては、抗ウイルス薬ではなく、ステロイド薬やその他の免疫制御薬による炎症反応の適切な制御が治療の中心となります。具体的には、デキサメタゾンなどのコルチコステロイド、トシリズマブなどのインターロイキン6受容体阻害薬、バリシチニブなどのJAK阻害薬などが、免疫介在性組織障害の制御に有効性を示しています3)。一方、細菌感染症では細菌の持続的増殖に対する抗菌薬の適切な選択と継続投与が治療の基本原則となります。

この根本的な病態生理学的違いを正確に理解し、感染症の種類に応じた適切な治療選択を行うことが、患者予後の改善において重要となります。

まとめ

ウイルス感染症と細菌感染症の病態学的相違の理解は、感染症診療の基盤となります。さらに、感染性ウイルスと感染能力を失ったウイルスの死骸や残骸の区別、および免疫応答による組織障害メカニズムの理解は、科学的根拠に基づく適切な感染対策と治療戦略の立案に不可欠です。今後の感染症対策においては、これらの科学的知見を基盤とした合理的で効率的なアプローチを採用し、医療資源の適切な活用と患者・医療従事者双方の負担軽減を実現していく必要があります。

1)Sethuraman N, et al. JAMA. 2020;323(22): 2249-2251. doi : 10.1001/jama. 2020. 8259

2)Sego T, et al. PLoS Comput Biol. 2020 Dec21; 16(12): e1008451. doi.org/10. 1371/journal. pcbi. 1008451

3)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き第10.1版(厚生労働省2024年4月23日発行)

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